防爆電気機器(1)

こんにちは。今回は「防爆電気機器」の話です。

今回も技術者の中でも馴染みの薄い特殊な電気機器、専門技術になります。防爆電気機器とはなにか?簡単にまとめると「可燃性のガス・蒸気・粉じんに対して火災や爆発の点火源(電気的火花や発火高温)とならないように設計された「防爆構造の電気機器」」になります。と言われてもよく解らない技術者も多い特殊な技術、製品と思います。広義には工場の電気設備も含まれますが、今回は個別の防爆構造の電気機器の話です。これは働く皆さんを守る「労働安全衛生法」他、法令、規格等によって定められ、国の「検定」に合格した電気機器です。防爆電気機器には「ガス蒸気防爆構造」と「粉じん防爆構造」の機器があり、技術基準(規格)や関連法規等が分かれていますが、今回は「ガス蒸気防爆構造」を中心に紹介します。

右の写真はメーカのWebサイトに掲載されているガス蒸気防爆構造の電気機器のひとつ、本質安全防爆構造の電子はかりです。見た目は一般の電子はかりと違わないように見えるかもしれませんが、防爆構造になっています。
防爆電気機器は機器本体の設計技術だけでなく、技術基準(規格)や法令、検定等多岐にわたるため解説の中で技術以外の内容も都度入ります。設計者は機器の設計をするだけでなく、法令や検定も知らなければならず、かつ技術基準を満たしながら機器本来の製品仕様を満足しなければならないところが、防爆電気機器設計の難しいところです。また設計者は自社の防爆機器本体だけでなく、危険場所の環境や使用条件、周辺機器、周辺技術を含めた全体像を把握し、技術基準を理解したうえで機器本体の仕様決めや設計をしなければなりません。更に製造するうえで品質システムを構築、維持する役割も担います。技術者にとって担当する分野が広く難問が多いのですが、専門知識・技術が身に付き自身のスキルアップにもなりますので、若い技術者にはぜひチャレンジして欲しいと思います。

筆者は前職で、当該メーカとしては初めての防爆機器を開発、設計、立ち上げ、製造から啓蒙まで行ってきました。防爆電気機器の製造メーカに要求される防爆の「工作責任者」を30年間担当し、国内認証はもとよりATEX/IECEx工場認証や各国認証にかかわってきました。開発当初は防爆技術だけでなく、当該業界でも「防爆」の概念、意義も浸透しておらず、何故そんな機器が必要なのか?使用しなければならないのか?理解に乏しい状況でした。当然最初に開発する機器ですので社内で理解している技術者もおらず、筆者自身も初めての経験でした。製品化後も法改正や規格、基準の改定が度々ありその都度、設計変更や新製品に置換えて再申請(検定)を繰り返してきました。結果として現在は当該業界でも防爆電気機器の必要性、存在意義はそれなりに浸透しましたが、社会全体としてはまだまだではないかと感じています。

工作責任者が設計者である必要はありませんが、いちから防爆電気機器を開発し、製造、販売しようとする中小(零細)企業では、最初の段階で開発設計の担当者が検定から製造、法律までもすべて把握しておく必要があると考えています。またそれ以上に経営者の理解が必要です。担当者がいちから勉強し設計、検定を経て製品化、市場リリースするまでには長く、高い壁が沢山あります。工場の品質システムも必要ですので、製品品質と工場の維持にはそれなりの費用(人、設備、管理)が発生します。しかしながら、結果として付加価値の高い、自社独自の製品が誕生し、メーカ自身の競争力、存在価値を高めることが出来れば、世界で生き抜く特徴のあるメーカを目指す選択肢として、防爆構造の電気機器はひとつのアイテムと考えます。ぜひ、開発に取り組んでいただきたいと思います。

防爆電気機器の基礎(概要)(ガス蒸気防爆)

可燃性物質、例えばアルコール、ガソリン、プロパン等は酸素(空気)と一定の割合で混じると、電気火花や熱で発火、爆発する性質を持っています。石油化学やガス、化学合成プラントなどの可燃性物質を扱う工場や設備等では、可燃性物質が空気と混合し爆発性雰囲気を形成する危険な箇所(場所)が存在します。
危険箇所(場所)では電気火花や高温度の物体(機器、部品)等が点火源になり、爆発や火災が起きる可能性があります。このような危険箇所で使用する電気機器は、点火源にならない検定に合格した「防爆構造の電気機器」を使用しなければなりません。また危険箇所(場所)と、一般の電気機器や防爆機器に供給する電源や変換器等が設置される「非危険箇所(場所)(又は安全箇所(場所))」とは、壁や配管等でガスの流動防止や環境の隔離、分離を行い安全を確保しなければなりません。更に危険箇所に供給する電源線や信号線には、危険箇所に供給するエネルギーを制限する対策が必要です。

「可燃性物質」は「可燃性ガス蒸気」と「可燃性粉じん」を総称した表現ですが、防爆構造や条件に若干の違いがあり、上記では「可燃性ガス蒸気」の例えで説明しました。しかし爆発性雰囲気は可燃性粉じんについても変わりません。可燃性粉じんの例としては、小麦粉、カーボンブラック、コークス、マグネシウム、アルミニウム等々他多数あります。また可燃性ガス蒸気でも上記例以外に多数の物質が存在します。

労働安全衛生法(及び関連法令、法規)等で、防爆電気機器を製造(輸入)、販売するメーカは国の検定を受け、認定されたものを供給し、危険個所が存在する事業所、工場の使用者(ユーザ)は検定に合格した防爆電気機器を使用しなければなりません。何に限らず法律で定められた機器は本体の設計要求(構造要件)だけでなく、メーカは製造責任、ユーザは使用者責任が発生します。メーカの設計者は自社の機器だけを考えればよいということではなく、ユーザの環境、使用条件等も考慮し法制度に則った防爆電気機器の普及と産業界延いては社会全体の安全・安心の維持、発展をはかってほしいと思います。

ガス蒸気防爆構造の基礎(概要)

ここからは主にガス蒸気防爆構造の電気機器を前提に解説します。一部粉じん防爆にも共通する部分もありますが、粉じんについては別回で解説予定です。
前記から「防爆構造」とは点火源にならない構造であると言い換えられます。では、点火源にならない構造とは、どんな構造でしょうか?
1.電気火花が発生しない。または発生した火花のエネルギーが少ない。または発生した火花が爆発性雰囲気まで達しない。
2.高温にならない。または爆発性雰囲気との接触面が高温にならない。
ことが、設計及び試験、検定で確かめられた構造になります。それってどんな構造?と思われたと思います。これが防爆機器を設計する技術者を悩ませる難問です。極端に言えば、上記の1,2項の要求をクリアできれば良いわけです。が、かと言って勝手に設計して防爆構造を満足している!とは言えません。要求を実現するための基本的な構造要件や技術基準は規格、指針等々に定められていますので、その要件や基準を満足する構造になるように設計する必要があります。しかしどんな防爆構造にすれば要件や基準を満たせるのか、自社の実際の製品で防爆構造にできるのか、実現した製品に市場価値(競争力)があるのか、等々製品実現までの道のりは長く、高いのですが、ひとつひとつ地道に解決しながら進んで欲しいと思います。

1.項に対しては、電気火花を発生させないような構成(処置)にする。発生しても点火源にならないようにエネルギーを少なくする(回路上)。発生した火花が爆破性雰囲気中に到達しないような容器に入れる。その他。
2.項に対しては、機器が高温にならないように設計する。高温になっても爆発性雰囲気との接触面が高温にならなように覆う。その他。
等が考えられ、これらを実現するように機器を設計します。具体的には規格、指針で定めらた防爆構造になるようにします。しかし実際は個々の電気機器の製品仕様、機能、条件等々多種多様、千差万別なので実現しようとする電気機器にとって最適な防爆構造を考え、製品仕様と両立させることが重要です。ここでは数多くある防爆構造の内、一般的で製品群も多いふたつの防爆構造のみ列記しておきます。

本質安全防爆構造”i”: 設計上及び試験等により電気火花又は高温部が爆発性ガスに点火しないことが確認された構造。右図はIECの本質安全防爆構造を表すシンボルです。電気回路のエネルギーや発熱(表面温度)を制限して点火源にならないような設計(構造)にします。本質的に安全である設計になっています。
耐圧防爆構造”d”:点火源となる部品類を全閉構造の容器に入れ、内部で爆発が起きても容器がその圧力に耐え、かつ容器外側のガスに引火するおそれがない構造。右図は耐圧防爆構造のシンボルです。容器内で爆発が起こった場合でも点火源にはなりませんが、内部の電気回路や部品は損傷して使えなくなります。

その他の防爆構造を含めて、要求される技術要件、構造要件、使用条件がそれぞれ違うため設計の難易度も製品の形状、構造(構成)、価格も変わります。自社の製品特性、仕様、特徴、使用・環境条件等々、製品戦略に合わせて適切な防爆構造を選択します。また、技術者の視点だけでなく経営戦略としての視点を入れてほしいと思います。今後基本となる設計手法や詳細を解説して行きますが、具体的な設計要件以上に自社の経営戦略として防爆製品をどう位置づけるのかが必要と思います。その戦略によってどの防爆構造を選択するのか、自社製品で実現するにはどうしたらよいのか、生産は?販売は?等々、経営資源に大きな影響を及ぼすからです。単一の防爆構造である必要もありません、複数の防爆構造を組み合わせることも可能です。技術的見地と経営戦略から考えるとよいでしょう。

法規制、技術基準の概要

「構造要件や技術基準は定められている」、冒頭でも防爆構造の電気機器は「検定」に合格する必要があると書きました。供給者(製造メーカ、輸入者)は、「労働安全衛生法」「労働安全衛生規則」「機械等検定規則」等の法令、構造規格(指針)、国際整合技術指針等の構造要件、基準に基づいて検定に合格した認定品を製造(輸入)、販売する必要があります。危険箇所(場所)を有する使用者(ユーザ)は「労働安全衛生法」「労働安全衛生規則」「消防法」「電気事業法」等に基づいて使用しなければなりません。このように国内では沢山の法規制に縛られています。

海外でも各国ごとに法規制があり技術基準が定められています。先進国では各国独自の技術基準もありますが、近年は「IEC 60079」シリーズ規格でも通用するようになっています。また、法整備が整っていない国々ではATEX(欧州規格)やIECEx(国際規格)を取得した製品を受け入れている場合もありますし、日本国内検定合格品でも受け入れる場合もまれにあるようです。
輸出する場合は輸出先の法制度や技術基準(規格)を把握しておいてください。「各国の規格、法制度は解りません、製造責任ではなく使用者責任です」と言うこと簡単ですが、「人」の安全、安心を考え、ユーザにとって何が最適かを啓蒙することも技術者の務めと考えます。また、輸出先の法制度や技術基準に合わせて設計変更や新規設計、海外検定及び費用が発生しますので、設計当初から考慮しておくことは無駄ではありません。ATEX/IECEx規格認証品を製造、輸出する場合は工場認証(ISO/IEC80079-34)も発生しますので維持・管理に早い段階から取組むことが出来ます。

国内で注意しなければならないのは、ATEX/IECEx規格認証品や海外規格の認証品を国内で使用する場合も、当該機器は国内で検定を受け認証される必要があることです。海外規格認証品のまま国内検定を受けずに販売されている製品もありますので、使用者(ユーザ)は十分注意したいものです。
規格等は数年おきに改定されるため、製造メーカは適用される年度や範囲も注意しておきます。規格改定があっても合格品は基本的に継続して生産できますが、既存品の設計変更や追加が出来なくなる場合があります。この場合は変更した製品を再申請(再検定)するか、新製品を開発して新規に検定を受けなければなりません。近年、電子部品の統廃合が頻発し既存製品の生産維持に四苦八苦している機器製造メーカが大半と思います。設計変更や新規開発には時間も人員も必要です。そう考えると、防爆電気機器こそ製品戦略のもとに定期的なリニューアルが必要でしょう。しかも、法改正や規格改定はビジネスチャンスでもあります。他社に先んじればシェアも価値も上がります。ここに経営戦略、製品戦略とリンクして欲しい意味があります。
規格改定等は使用者(ユーザ)には直接的な影響がありませんが、メンテナンスや同一品の購入等で影響が出るかもしれません。購入先や製造メーカと情報交換をしておくと良いでしょう。
法で定められた機器は、法規制があるからではなく「人」(及び地球環境)の安全、安心を考え、それぞれの責任を果たすことが必要と思います。

初回は簡単な解説のみになりました、機器本体の話と法規、規格の話が入り混じって読みずらいところがあったかもしれません。それだけ法規、規格が機器本体の設計に関係している、と理解してください。防爆構造の電気機器は多くの法規制に縛られ、設計上の構造要件だけでなく法制度、規格類を理解して適切な機器設計をしなければなりません。国内と海外では法制度、規格も異なるため広く、深く検討、理解することが必要です。また多くの経営資源が必要なため経営者の理解と経営戦略とのリンクも重要です。防爆機器は簡単な構造の製品から、一般の電気機器を防爆仕様にした複雑な製品まで価格を含めて多種多様、千差万別です。自社の経営戦略、製品戦略を含めて防爆電気機器の開発設計を行って欲しいと思います。

次回以降、防爆構造の種類、技術基準(国内、IECEx)、本質安全防爆構造の設計手順、検定、工場認証を含む品質システム等技術的な詳細から法令・法規、品質システム等を複数回に分けて紹介して行きます。参考文献を列記しておきましたが、その他にも多数ありますのでWeb等で検索してみてください。
ご意見ご要望をお待ちしております。

参考文献:
労働安全衛生法、労働安全衛生規則、機械等検定規則、電気機械器具防爆構造規格、工場電気設備防爆指針(国際整合技術指針)、ユーザーのための工場防爆設備ガイド、「IEC(EN) 60079」シリーズ規格、「ISO/IEC(EN) 80079-34」、消防法、電気事業法、他。
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