差動トランス(1)

こんにちは。今回は変位が計測できるセンサ「差動トランス」を紹介します。

「差動トランス」とはなにか、技術者でも知らない人が大半と思います。そんな現状とこんなセンサがあることを知ってもらいたいために、最初に取り上げました。ちょっと古い言い方では「機械的な変位をその変位に比例した電圧又は電流に変換する機械電気変換素子」等と表現されていますが、変位を計測できる「変位センサ」のひとつです。

残念ながら国内では「差動トランス」本体や応用技術は無くなりつつあり、差動トランスの「開発設計技術、ノウハウ」は極々少数のほんのひと握りになってしまっているのが現実です。技術の進歩で代替製品が生まれ、取って代わられるのは世の常ですが、どのような技術であれ、代替出来ない技術や製品が要求される場合、その技術が失われると復活させるには多大な労力と時間が必要になります。特に社会インフラ等で必要とされる技術、製品、センサ類は20年,30年と使用されるため、同じ製品やコンパチ品が20年後,30年後に要求されます。我々の生活を支えるインフラ設備は全く目立たない存在ですが重要な役割を担っています。その技術や製品が失われないことを切望しています。

「差動トランス」は、英語で「Linear Variable Differential Transformer(略してLVDT)」と呼ばれ、直訳すると「線形可変差動変圧器」になるのですが、表現が古臭いので一般的に「差動トランス」又は「LVDT」で通用しています。線形(=直線)ではなく回転型もあるのでこの場合は「RVDT(Rotary Variable Differential Transformer)」と表現します。今回は線形の差動トランス(LVDT)の話です。

差動トランスの構造、動作原理

とは言えどんなセンサなのか?右の写真はメーカのWebサイトに掲載されている差動トランスです。ちょっと見ずらいかもしれませんが、円筒が差動トランス本体で左下方向に延びているのが、軸(とコア)です。差動トランスと軸(コア含む)は分離(別物)された構成になっています。右上方向に延びているのは信号用ケーブルです。円筒内部には1次コイルがひとつ、2次コイルがふたつ、巻かれています。軸とコアは一体化され、軸の先(円筒内に挿入されている)に磁性体のコア(鉄心)が取り付けられています。(文末にメーカのリンク先を提示)

下図をもとに動作原理を説明します。左側の構造図は写真の円筒を縦に輪切りにした図と思ってください。中心位置に1次コイル、1次コイルを挟んで(図では上下)2次コイルがふたつ、ボビンに巻かれ配置されています。中央は一般的な内部回路、右側は差動の2次電圧出力のグラフです。

 

 

 

 

 

1次コイルを励磁(交流)するとコアを介してそれぞれの2次コイルに起電力が発生します(電磁誘導)。コアが中央にある時の2次コイルの電圧(Es1とEs2)はそれぞれ同じになり、差(Es1-Es2)の出力を見ると、ゼロになっています。次にコアが円筒内を移動(変位)するとそれぞれの2次コイルの起電力が変化します。右側の図でコアがS1(右)側に来るとEs1の電圧が高くなり、Es2の電圧が低くなります。ここで2次コイルを回路図のように差動接続するとコアの位置によって2次電圧が変化し、コアの位置=変位を計測することができます。実際には直流出力で使用するため、出力を±の電圧(電流)に変換して使用する場合が一般的です。

このように物理的な変位を電気信号に変換することが出来るのです。これが冒頭に書いた「機械的な変位をその変位に比例した電圧又は電流に変換する機械電気変換素子」と言われるゆえんです。写真のメーカの例でいえば「±5mm」測定できるタイプの差動トランス本体の全長は35mmあるので、最近の半導体素子のイメージからすると「素子」というには大き過ぎるかもしれません。変位とは「ある物体の位置の変化」と考えてください。

差動トランスの特徴のひとつは、コアとコイル(差動トランス本体)が機械的に分離されているため、環境の違う条件の場所にセンサを設置し接触型センサでは出来ない計測が可能となることです。例えば計測対象物が高温液体中にありその変位又はひずみを測定したい場合、変位センサが高温液体中では使用できないことが多々あります。この場合、差動トランスではコアのみ対象物に取付け、差動トランス本体は内筒に特殊なフランジを挿入してコアが適切な位置になるように設置すれば、差動トランス本体は常温外気中に配置することが可能で、測定対象物の環境条件に影響なく計測が出来るようになります。ここが接触型のセンサと違うところでほかのセンサにない特徴になっています。また、他のセンサに比べて高い出力感度が得られます。

回路図には4本の信号線しか書いてありませんが、実際にはS1とS2を接続した共通点をグランドとして使用し、1次側2本、2次側3本で5本線になっています。また、S1とS2を独立したまま6本線の差動トランスもありますが、通常は5線式で問題ありません。差動トランスは交流電圧で動作していますが、表示装置、プロセス機器、制御機器等の大半は直流の電圧や電流で動作していますので、差動トランスの2次側は直流に変換する回路を設け、要求される電圧、電流に変換、あるいはA/D変換してデジタルで使用します。回路に関しては駆動回路も含めて別回で説明して行きます。

差動トランスの用途

差動トランスで計測できる変位の範囲は0.001mm~±100mm位であり、数ミリから±50mm程度が一般的と考えられています。これは計測する変位量に対して精度(直線性)良く計測しようとすると、差動トランスの寸法=長さが5倍程度以上必要になるためです。つまり50mm測るのに差動トランス本体の長さが250mm以上必要になってしまい実用的でなくなるからです。また、分解能はアナログ値のため理論的には無限小になりますが、実用的には0.00001mm(0.01μm)程度で、総合精度で±0.2%~±0.5%になっています。変位を計測するセンサは多々ありますので後々紹介して行きます。
差動トランスは変位を測るセンサですが、応用できる用途は広く、
・太さ、厚さ、粗さ、角度、伸び、縮み、たるみの測定
・トルク、応力、動力、振動、速度、加速度の測定
・寸法検査、自動定寸、自動選別
・圧力、流量、液面、張力、質量、荷重の測定制御
・潮汐、波浪、気圧、温度などの気象測定
・温度対熱膨張、荷重対ひずみのXY記録
・機械系操作部の運動測定と制御
・その他位置、変位に関連した測定
等々に応用できます。

それぞれの計測、制御に直接あるいは間接的(測定量を変位量に変換する)に使用することが可能です。測定対象でそれぞれ変化する量を変位量に変換できれば、要求する測定量に換算することが出来るためです。実に多くの計測が可能になることがわかります。もちろん代替センサ、素子は多数ありますので差動トランスのみが全てではありませんし、代替センサ、素子で性能、取り扱いが良いものも多数あります。要求される信頼性、再現性、性能等仕様に合わせて使い分けが必要ですが、数10年以上使用される社会インフラ設備には信頼性、安定性が重要なファクターになり、シンプルな構造で数10年以上使用される差動トランスは必要不可欠なセンサと言えます。

差動トランスは戦前(1945年以前)に米国で開発されたセンサです。日本では輸入された差動トランスを使用していましたが、1951年に以前紹介した前職メーカの創業社長(故人)が日本で初めて開発に成功しました。ただこの時は大手鉄鋼会社の技術者でしたが、開発から12年後の1963年に自ら起業し現在に至っています。当時から工業会、学会等では計測と自動制御の専門家として著名であり、扱う製品や技術も差動トランスだけでなく計測器、自動制御機器等多岐にわたっていました。大学の講師を務めていた時期もあり所謂ベンチャー企業のひとつでもありました。1970年代差動トランスが電子はかりに応用できること、制御技術が電子はかりに応用され始めていたこともあり、自社で電子はかりを開発し、生産、販売まで行う企業へと発展しています。
閑話休題。

多方面の用途を書きましたが、変化量を変位量に変換できれば、変位量から対象測定量に換算することが出来ますので、例えば「バネ」に「重り」を吊るせば重さに比例してバネが伸びます、つまりバネが変位したことになります。これは皆さんも一度は習っている「フックの法則」ですが、このバネの変位を正確な「分銅」で値付け(あたいづけ)しておけば、変位を測ることで吊るした物の質量を測ることが出来ます。これは「ばねばかり」と言われ製品としては機械式で針と目盛りの物が大半ですが、質量がデジタル表示される電子はかりの中にも「変位」を質量換算している電子はかりは多く見受けられます。変位計測に使うセンサは差動トランスに限らず多種多様ですが、変位を測ることで質量が測定できると言う応用例になります。

もうひとつの例は発電所の設備であるバルブの開度計測用に差動トランスが使われています。この場合通常20年,30年と連続で使用されることが多く高い信頼性が要求されます。また、冒頭にも書きましたが20年後,30年後に同一品又は同等品が要求されるので、高い信頼性と安定性がある差動トランスは無くしてはならない製品であり技術と言えます。
この例だけでなく、また変位センサが差動トランスであることに限らず、社会インフラをはじめ、産業界で変位(量)を測ることで別の物理量や制御量に換算、変換されているものが数多くあり、計測技術の重要な要素のひとつになっています。

「質量」や「重量」等々これからも当ブログで使用する言葉、用語や単位の定義は別回で紹介したいと思います。我々の世代では物の「質量=kg」は「重量」や「重さ」という言葉で日常的に使われていたこともあり、途中から「質量」と言われても使い慣れないのは事実です。質量を扱う業界でも意識して区別していないのが現状と思います。現在の学校教育は「質量=kg」に統一されていると思いますが、初めから「質量=kg」の世代がメインにならないと変わらないのかもしれません。

さて、差動トランス(LVDT)の概要はお解りいただけましたでしょうか?
次回以降、構造の詳細、設計要領、諸特性、測定回路、応用計測等差動トランスの技術的な詳細を複数回に分けて紹介して行ければ良いかなと考えています。ご意見ご要望をお待ちしております。

参考文献:
西口:計測・制御 差動トランスとその応用 :オーム社(絶版)
西口:差動トランス その性能と利用技術について :新光電子株式会社
新光電子株式会社ホームページ:http://www.vibra.co.jp