電磁力平衡方式の天びん(3)

こんにちは。
今回は「電磁力平衡方式の天びん」の3回目です。前々回(1)では電磁力平衡方式の天びんの基本と構成、前回(2)は機構部の解説を行いましたが、板バネの部分のみでしたので引き続き機構部の解説を行います。永久磁石やフォースコイル(F.C)類の電磁力発生部は純粋に機構部と言えるのか、等もありますが、今回は機構部の項目として解説します。

電磁力発生部

永久磁石(磁気回路含む)、フォースコイル、位置検出部で構成されています。もちろん電気回路を含めて電磁力発生と制御を行うのですが、この3点に単純化して解説します。

永久磁石:

第一回でも解説していますが、永久磁石は性能を左右する重要部品です。使用されている磁石の種類は、現在ではサマリウムコバルト系磁石が多いと思います。かつてはアルニコ系磁石が一般的でしたが、原材料の供給や価格の問題があり、また強い磁石の要求も加わり希土類に置き換わってきました。市場には多くの種類の磁石がありますが、サマリウムコバルト系は希土類の中では温度特性がアルニコ系に近い特性になります。以前にも書きましたが温度特性はアルニコ磁石でも「-0.02%/℃」程度、サマリウムコバルト磁石では「-0.03%/℃」程度もあります。

「-0.03%/℃」の温度係数を持つ部品=磁石を使用して、数十万分の1~数百万分の1の計量精度を実現している技術は驚くばかりです。磁石は既成の材料特性のまま使用するしかなく、かつ経時変化や温度特性はコントロールすることが出来ないため、補償や調整技術のノウハウを馳駆していると言えるでしょう。
アルニコ系の磁力はおおよそ体積に比例するため、大きいほど磁力が強くなります。サマリウムコバルト系は単純に体積とはいえず、磁気回路の効率は縦横比に関係し、一般的に扁平型の形状で使用します。また、サマリウムコバルト系はアルニコ系に対して約3倍の磁気エネルギ(最大エネルギ積)があり、強力な磁石です。磁気エネルギだけを考えれば、サマリウムコバルト系以外の磁石がありますが温度係数が大きく、補償するのが難しくなります。

磁気回路:

ムービングコイル(コイル可動又はスピーカ)型の磁気回路は、一般的に図1のような構成になっています。図のようにマグネット単体で使用するわけではなく、ヨーク(と呼ぶ)、ポールピース(と呼ぶ)を使用して磁気回路を構成しています。また、磁力を有効に取り出すためフォースコイルを図1のように配置しています。

アルニコ系磁石の場合は図1のような構成が多く、サマリウムコバルト系の場合は図2のような構成で使用される場合が多いです。また、サマリウムコバルト系は図3のように磁石を対向型に配置して使用することもあります。

アルニコ系は対向型で使用すると減磁されてしまうため複数の磁石を使用したい場合は、一方向に磁力が働くように構成します。
磁石はカスタム仕様が可能なため、天びん各社はほぼ自社仕様の磁石を使用していますが、市販品では各種標準寸法的な磁石がそろっていますので、試作する時には便利に使用できると思います。また、カスタム寸法で少量数の購入も可能ですので、販売店に問い合わせてみると良いでしょう。

ヨークは磁気回路を構成するため、ポールピースは磁束を集中するために使用します。磁気回路は形状によって効率や特性の変化があるため、特許やノウハウが詰まっています。また、磁気回路はシミュレーションが可能ですので、適切な解析ツールを使用して設計することも出来ます。
ヨークやポールピースは磁気回路を構成しますので材料には注意が必要です。理想的には純鉄等が良いのですが、価格、加工性、入手性等々から低(中)炭素鋼が一般的に使用されています。一般の鋼(SS材)でも使用できますが、炭素含有量がなるべく少ない材料を選ぶと良いでしょう。入手し易いSC材を使用する場合が多いと思います。

図4の丸で囲んだヨークの形状は面一になっていません。これは磁束をポールピースとヨーク間のギャップに集中させるために必要な形状です。ポールピースの形状は解析すると単純な円板型ではなく、少し変形にすると磁束の分布がより平坦に近づくのですが、実用的には加工上の問題もあり、単純な円板型でも問題ありません。また、ヨークやポールピースの材料及び磁気回路を構成する部分の寸法は、磁気飽和しないような材料、寸法が必要です。

発生する電磁力Fは、フレミングの左手の法則から、
F=B・I・ℓ[N]   B:磁束密度 I:電流  ℓ:長さ
巻数Nのコイルの場合
F=B・I・2πr・N[N] N:巻数 r:コイル半径
となります。
電磁力Fの方向は電流Iを流す方向で決まりますので、図1の場合は左側コイル(x)から右側(・)に流れるようにします。
式から解るように必要な電磁力Fは、[B]、[I]、[N]で決まりますが、コスト、寸法、天びん比、ひょう量、発熱量等々から、現実的には数g~数十g(数十mN~数百mN)程度になります。

磁気回路で注意することは、磁束を集中させ(磁気漏れを無くす)、フォースコイルで効率よく力に変換できるような構造にする、電流(電力)によるフォースコイルの発熱を極力抑える、ことになります。
前記したように磁石の温度係数と経時変化は制御できないので、温度センサ等を活用して温度補償を行うこと、(内蔵)分銅を用いて校正・調整を行うことも必要になります。
また、図1のままでは図の上側に磁束が漏れてしまうので、実際には図5のように上側にカバー(蓋)を追加し、磁束の漏れを防ぎます。もちろんフォースコイルは宙に浮いているわけではなく、ビームと連結しますのでヨークやカバーに加工して引き出しています。

経時変化や温度変化等々の磁力変化(磁力の低下=減磁)にはさまざまな要因があります。単純な温度係数や経時変化等は磁石メーカのカタログや文献等でも確認できますが、流れる電流による減磁効果等は実測するのが難しく、フォースコイルの発熱による磁力の影響も、正確に補償するのは大変難しくノウハウとも言えます。一般的には磁気回路(磁石、ヨーク、ポールピース等)に温度センサを1個又は複数個実装(埋込)し、フォースコイルの発熱による温度変化や外気温の変化を計測し、補償します。(図6参照)

計量器やセンサ類の外気温の変化に対する補償いわゆる温度補償は、特定の箇所(機器内部の場所、部品、部材等)又は複数の箇所の温度変化を計測し、全体で温度補償を行うのが一般的です。が、温度変化には、外気温変化、電気部品の自己発熱、フォースコイルの自己発熱等々、様々な種類や箇所がありそれぞれ影響度合いが大きく異なります。適切な温度検出と補償が重要になります。

また、温度変化に対する計量器全体の温度影響では、温度の過渡期に影響が大きくなり正確な補償が難しくなります。一般的にカタログ等で温度係数と記載されている数値は、例えば20℃を基準に40℃に変化した場合、最低でも40℃の環境に2時間以上放置された場合の1℃あたりの温度係数になります。つまり同じ温度環境に2時間以上放置しないと正確な温度係数は解らないことになります。これはOIMLやJISで温度試験方法が規定されており、その試験方法で行った結果として温度係数が記載されているためです。温度の過渡期における保証はされていません。
これは温度による過渡応答=時定数を補償するのが技術的に難しいこともありますが、確定していない条件=温度過渡期における性能要求を定義するのも、評価するのも難しいからでもあります。ただ、使用するユーザから見れば、規定、規格がどうあれ使用する現場で常に正確に計量できる必要があります。技術的には解決=性能維持できそうに思いますので、メーカの更なる努力=顧客目線を期待しましょう。

今回は磁気回路のみになりましたが、次回以降引き続き解説を行います。
以前も書きましたが、機構や制御回路、ソフトを含むセンサー類の開発では、機械だけ!、電気だけ!、ソフトだけ!等々と専門にこだわってはいけません。すべてを自分で開発する思いでチャレンジをしてほしいと思います。それが良い製品を生み、技術者としてのステップアップになることだと、筆者は考えています。

磁気回路は原理は簡単なのですが、磁束が漏れないようにする構造、効率よく力に変換する構造、温度補償等々ノウハウのかたまりでもあり、特許も数多く出されています。環境条件や天びん本体内の要因等が性能に影響を及ぼすため、各メーカとも創意工夫を行って設計されており、ノウハウともなっています。世界中で開発競争が進んでいますが、顧客目線の製品開発や技術開発を期待したいと思います。そのことが顧客の信頼を得られる最良の道であり、長く自社製品を使用してもらう事につながります。
技術者は完成している現物をじっくり調べながら、公開されている特許、文献、資料を参考に勉強されるとよいと思います。

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参考文献:
「はかりハンドブック 第2版」:日刊工業新聞社発行
「最新のはかり技術」:西口 日本計量新報社
「質量の精密測定マニュアル」:日本規格協会
JIS B 0192:はかり用語
JIS Z 8103:計測用語
「島津評論」:Vol.38 №3 (1981.9)
「PID制御」:システム制御情報学会編 朝倉書店
各天びんメーカ資料