電磁力平衡方式の天びん(1)

こんにちは。
今回は「電磁力平衡方式の天びん」の解説です。
電磁力平衡方式(Electromagnetic force balance method)は略して「電磁式」または「フォースバランス式」と呼ぶことが多いようです。字のごとく「電磁力」は、「磁界中に導体を置いて導体に電流を流すと発生する力」であり、「平衡」とは一般には聞きなれないので「バランス(balance)」と考えると解りやすいと思います。すなわち「両天びんの片方に乗せた計量物と、もう片方に乗せる既知の分銅の代わりに電磁力を用いて天びんをバランス(平衡)させ、計量物の質量を電流の大きさから電気的に測定」している天びんになります。
その原理から微小質量の測定に最適で0.1μgの超精密天びんも実用化され、分解能も1/数千万(!)を実現しています。どの程度正確なのか興味もありますが驚くべき計測技術と言えるでしょう。各メーカの製品を見ると電磁式天びんは先人の知恵と技術の塊であり、今でも進化している計測機器のひとつと思います。

最近、質量の基準がキログラム原器から物理定数(プランク定数)で定義されたことを、ご存じの読者も多いと思います。内容は産総研のホームページにありますので興味のある方は検索してみてください。ただ実体として「分銅」は変わりませんので、日常生活には影響がありません。その中で0.1μg以下の超微小質量計測に「電圧天びん」など従来にない計測方法が紹介されています。天びんの質量測定も新しい領域に入っているようです。

0.1μgの分解能を有するマイクロ天びん等は医薬、製薬業界で主に使用されていますが、分解能が高い分だけ環境や外乱、使い方に大きく影響されます。μgを測定する天びんは高価ですが、最近は0.1mg程度であれば比較的安価で外乱の影響も少ない天びんが市販されるようになっています。目的に合ったパフォーマンスの良い天びんを選ぶとよいでしょう。

電磁式天びんの基礎

電磁式天びんは「複雑かつ高度な技術」で構成されていますが、原理は単純で測定しようとする計量物W1と、釣り合わせる基準の分銅W2の代わりに電磁力(F)を発生させ、天びんを釣り合わせ(バランス)ます。天びんがバランスした時の電流(I)を測定することで計量物W1の質量を測定することが出来ます。ここで電流(I)はあらかじめ基準分銅で値付けしておきます。

天びんが釣り合う条件は、W1xL1=F(W2)xL2になり、電磁力(F)=B・I・ℓで求められます。F=B・I・ℓは中学校で習うフレミングの左手の法則で、Bは磁界の磁束密度、Iは導体(コイル)を流れる電流、ℓは導体(コイル)の長さになります。

動作シーケンスは、
1. 計量物がない状態において電磁力(F)で天びんがバランスしている(制御されている)。天びん自体の支点を挟む左右の質量比が同じで電流(I)がほぼゼロの状態が都合がよい。
2. 計量物を乗せるとビームが傾く(図では左側に)が、位置検出器で傾きを検出しコイルに流れる電流(I)を増加させる。
3. 電流(I)が増加すると電磁力(F)が増え、ビームを元の位置に戻して天びんを再度バランスさせる(制御する)。
4. 天びんがバランスした時の電流(I)を測定すれば、計量物の質量がわかる。電流(I)と質量との関係はあらかじめ基準分銅等で校正しておく。

上記一連の動作は制御回路=PID制御で瞬時に行われるので、応答も早くかつメカ機構の可動部と磁石、位置検出器等の固定部は物理的に分離(非接触)されているため、高分解能で高精度な質量計測(力計測も可)が可能になっています。

説明するだけなら簡単ですが、μgの計測を実現する機構部、電気部はともに大変難しく、それ故に天びんメーカ各社の製品には、信号処理部を含めて高度な技術とノウハウが詰まっています。最近はデジタル化の流れでモデルベースデザイン等で数値解析が出来るようになり、PID制御もデジタル制御ができるようになっています。デジタル制御のメリットは制御パラメータの最適化がしやすいこと、機器ごとのバラツキを容易に調整し減らせること、回路部品の削減が可能になり信頼性が向上することなどです。
デジタル制御は天びん機構部の動特性やデジタル演算の処理能力も関係するため、性能に関しては従来方式との優劣は付けがたいのですが、半導体の進化や制御理論、高性能天びんへの要求を考えればデジタル化の流れは止められないでしょう。ただ、すべてデジタル制御ができるようになった場合でも、メカ機構部、磁石、コイル、位置検出等々ハードとのインターフェースは重要な要素と考えます。

各部分の概要

もう少し各部の詳細を見て行きます。
【機構部】
計量皿を支える部分はロバーバル機構で構成され、支点は弾性支点(板バネ)を使用しています。ビームにはコイル(フォースコイル)が取り付けられ、位置検出用の加工が施されています。最近はジュラルミン素材からメカ機構(ロバーバル、支点、ビーム等)を一体加工した製品も数多く見られます。機構部強度と性能(精度、分解能)は反比例するので、いかに実用的な強度を確保し天びんの性能を向上させるか、かつ軽量で剛性の高い機構部が実現できるか、技術者の技量が試されます。技術者は失敗も経験と考え、常にチャレンジして欲しいと思います。

組立式の機構部は多くの部品で構成され、特殊な加工品もありますが、コストパフォーマンスも良く従来の加工技術で製作が可能です。一体加工メカは強度、性能等優れたメカ機構でメリットが多いのですが、加工機械・方法、コスト等の課題で何処(誰)でも製作できるものではありません。ただそれだけ一体加工メカには天びん機構としての優位性があると言えます。
機構部の重要な要素には、材料(素材)特性、ロバーバル機構、弾性支点等々沢山ありますが、随時説明して行きます。

【位置検出器】
光学式(発光、受光素子)や静電容量式、差動トランス式、その他等、傾き=変位を検出できればこだわる必要はありませんが、回路がシンプルであること、小型軽量であること等で光学式が多用されています。変位感度(分解能)が高く低ノイズであること、温度ドリフトが少ないこと等の条件から差動出力で使用しますが、素子の選択や回路構成には注意が必要です。光学式は素子ごとのバラツキが大きい場合があるので回路側で工夫します。また、直流駆動によるドリフトを回避するため、交流駆動(パルス含む)等も工夫されています。

【コイル(フォースコイル)】
「ℓ」に相当し理屈上は巻数が多いほど電磁力(F)が強くなります。また、電流(I)を沢山流せれば電磁力(F)も増えますが、自己発熱、電力等が性能に影響しますので、電流(I)は制御性を損なわない範囲で極力少なくします。実際のコイル形状や巻数は、発生させたい電磁力、質量、電力、電源、抵抗値、磁気回路(磁石含む)の条件等から決まりますが、各社それぞれ特徴のある仕様になっています。また、磁石の高性能化と小型化に伴いコイルも小型化が進んでいます。線径はΦ0.1mm前後、巻数Nは数百ターン、外形Φ20前後のコイルが多いようです。

コイルの設計は使用する磁石、電磁力等が決まれば、手計算でも出来ますが近年は磁石の多様化や小型化も進んでいますので、磁気回路とともにシミュレーションで解析する手法が良いでしょう。また、設計の自由度はそれなりにありますから、基本となる設計条件を十分検討しておく必要があります。

【磁石】
「B」に相当する性能に影響を与える最も重要な部品のひとつです。近年永久磁石は多様化、高性能化していますが、磁力の経時変化や温度特性がコントロールできないため、計測用には温度係数の小さいアルニコ磁石やサマリウムコバルト磁石が使用されています。しかし、最も温度係数が小さいアルニコ磁石でも「-0.02%/℃程度」の変化がありますので、本体内部の温度補償や使用中のスパン調整(手動、自動調整)は必須になります。

電磁式天びんメーカ各社のWebを見てもらえば、1/数十万分以上の分解能を有する天びんは磁石の調整(校正)のためだけでなく、本体のドリフトや外部環境の影響を少なくするため、大半の機種・製品に「内蔵分銅や自動校正(調整)機能」が標準装備され、自動的(勝手!)にスパン調整を行うようにもなっています。
永久磁石の技術は日本が世界の最先端であることをご存じと思います。世界最強の磁石も日本で生まれていますが、計測用としては経時変化や温度係数が少ない強力な磁石を望みたいですね。

【制御回路(PID制御)】
前述の動作シーケンスを簡単なブロック図に表すと下図(左)になります。
機構部を含めた制御系は別途とし、PID制御だけを見ると単純な基本ブロックで構成されています(下図(右))。

 

 

 

 

PID制御ブロックの伝達関数C(s)は、
となります。
実際のOPアンプで実現する時の伝達関数は、
と考えます。
最近はそれなりの回路でも設計や解析が出来るソフトが安価に利用できるようになり、パソコン上でシミュレーションが可能になっています。最新の道具(ツール)を使いこなすことは必要ですが、実機の動作検証とシミュレーションを繰り返しながら設計を進めてほしいと思います。モデルベースデザインと言えどもモデル化するパラメータが実機で測定しないと解らない、合致しない場合があるためです。
シミュレーション上で設計して完璧!と思っても、実機を作ってみると簡単には理屈通りになりません。シミュレーション通り(近似)にならないとしても、実機が悪いと考えるのではなく、実際に計測されたデータは事実としてあるわけですから、内容を充分吟味、検討し、理屈が違うのか実機に違う部分があるのか精査してみてください。実機に大きな間違いがない場合、大概は考えた理屈に無理があるものです。事実から導き出される理論、理屈は非常に重要です、広い視野と謙虚さを持って事実に向き合いましょう。

【電流(I)】
質量換算する電流(I)を1/数百万以上の精度で計測するのは案外難しく、単純に精密抵抗で電圧変換しA/D変換する場合でも様々な工夫がされています。また、電流(I)を直流駆動ではなくパルス幅変調で駆動し、デューティー比から質量換算する方式もあります。パルス幅変調の良いところは電流(I)が変化しても、コイルの消費電力が一定になることで測定時の電力変動による発熱の影響を減らせることです。
電流値の絶対値測定以外にも電流が流れることで、発熱や磁力変化等の誤差要因が増える場合が多いので極力電流値は低く抑え、消費電力の変動も減らします。

【性能に影響する要因等】
電磁式天びんは分解能が高い故に様々な要因の影響を受けます。
環境:温度、湿度、静電気、対流、磁気、振動、空気浮力・密度、重力、等々、他
本体:材料、磁石、熱膨張、電力、自己発熱、素子・部品、回路、電源、傾斜、設計要因、等々、他
ほぼすべての環境条件や天びん本体内の要因等が性能に影響を与えます。しかしマイクロ天びんには電磁力平衡方式が不可欠なため、世界中で開発競争が進みアナログ、デジタルを問わず新しく優れた補償や補正が行われ、高精度な質量測定を実現しています。注意したいのは高度な補償や補正としても、やたら複雑にすることなくシンプルで素直な補償、補正を心がけたいですね。

精密天びんは使い方でも計量に影響を与えるため、環境を整え日常点検や校正、調整を行い正確な計量を維持しましょう。天びんメーカには保守管理を含めて精密測定のテキスト等が用意されていますし、技術サポートもされています。ユーザは大いに活用し無理難題や要望要求も行うとよいと思います。それによって製品が改良されメーカも成長します。現在できないからと言って取組まなければ将来もできません。今やすっかり定着したメーカ側の流行り言葉「選択と集中」など、ユーザ目線に立たないメーカの言訳です。ユーザは何時でも何でもメーカに要求しましょう。

今回は電磁力平衡方式の天びんについて、概要を解説しました。原理は簡単なのですが大変複雑で高度な技術で作られています。冒頭にも書きましたが先人の知恵と技術の塊であり、今でも世界中で進化している計測機器のひとつです。
電磁式天びんは電気や機械、ソフト等の専門分野だけ理解していても良い設計、製品ができません。基本原理をよく理解し計測、制御、回路、機械、材料、信号処理、等々多くの知識を身に付け、知恵を絞って高精度な天びんの実現にチャレンジしてください。
次回以降もう少し詳しい構成、構造、回路、信号処理、誤差要因等々の解説を行いたいと思います。

ご意見ご要望をお待ちしております。

参考文献:
「はかりハンドブック 第2版」:日刊工業新聞社発行
「最新のはかり技術」:日本計量新報社
「PID制御」:システム制御情報学会編 朝倉書店
「質量の精密測定マニュアル」:日本規格協会
JIS B 0192:はかり用語
JIS Z 8103:計測用語
産総研計量標準総合センター:
https://unit.aist.go.jp/nmij/public/report/SI_9th/
国際単位系(SI)の定義改定が拓く新しい計測技術:
https://unit.aist.go.jp/nmij/public/events/seminar/2018/scj-symposium_2018/pdf/2_Fujii.pdf