ひずみゲージ式ロードセル(2)

こんにちは。
前回の投稿からしばらく時間が経ってしまいました。今更なのですが「ビジネスプランの構築」などという研修を受けていて、頭を悩ませているため原稿が進みませんでした。メーカ勤務時代にも同じように「SWOT分析」や「ビジネスキャンパス」を作成して、「顧客は誰?」「顧客の課題はなに?」などの研修を何回も受けてきたのに、本当に何で?今更?将来(?!)のため?。最終プレゼンに向けてあと数ヶ月は悩ましい限りです。投稿も暫く間が空きそうです。
研修の内容はいずれ紹介しますが、人生100年時代技術者には企業人にこだわらず自分の技術を伝承してほしいと思っています。技術も新陳代謝を繰り返しプラックスボックス化されたり、陳腐化され、SFの世界も近いかも知れません。しかし「暗黙知」いわゆる技術者としての「ノウハウ」や「センス」、職人としての「技」はAIが発達しようと無くなるものではないと信じています。過去からの膨大な資産が失われないことを願っています。

閑話休題。

今回は「ひずみゲージ式ロードセル」の2回目です。前回(1)ではロードセル単体の解説を行いましたが、単体の性能が満足できるものを使用しても、アナログ回路部分で性能が満足できなければ元も子も有りません。今回はアナログ回路部の説明を行います。
市販されているロードセルはかりのアナログ回路は、各社特色があるので同一の回路を使用しているわけでありませんが、基本は差動増幅してA/D変換しています。また、デジタルロードセルタイプはロードセルの駆動を直流ではなく、パルス駆動して消費電流を減らす工夫やA/D変換も市販品ではなくDuty等のパルス変調で行ったりもしています。今回は基本的な直流駆動で説明します。

回路構成、検討項目

最初に製品仕様から回路条件、仕様等を規定します。今回は印加電圧DC5V、定格荷重で出力電圧2Vとします。最近の24bitΔ-Σ型A/Dコンバータはコストパフォーマンスが良いので選択肢も多く、入力電圧範囲も広く取れますので2Vにこだわる必要はありません。
一般的な差動増幅回路と出力計算式を紹介しておきます。実現する方法はこの回路に限りませんので参考例になります。
複数のOPアンプで構成していますが、計測用アンプなどでワンチップ化され、1個の抵抗でゲイン調整が出来るICも原理的には同等の回路で構成されています。また、2個入、4個入りOPアンプで構成するような例も有るかもしれませんが、その場合はOPアンプの性能を十分検討してください。

OPアンプ

最近の低ドリフトOPアンプは性能が良いものが沢山あります。温度特性が良い、電源オンのドリフトが少ない、ノイズが少ない、低消費、等々を基準に選ぶとよいと思います。製品を量産する場合は代替品があるかの選択も重要になりますので、同等性能の複数のOPアンプを評価しておくのが良いでしょう。ただ要求仕様から条件を絞ってゆくと代替出来ない品種になってしまうかもしれません。その場合は製造メーカや購買先と十分な供給契約をしておきましょう。もちろん希少な部品に依存しない回路設計が出来れば理想ですので、技術者の技術力が試されているとも言えます。

増幅率:
ロードセルの出力は前回説明したように2mV/Vの製品が多く、これは1Vの印加電圧で定格荷重を加えた場合、2mVの出力電圧が発生します。今回は5V印加で10mV(2×5)になるので2Vにするためには200倍のゲインが必要になります。ここで200倍のゲインにした場合、OPアンプの温度ドリフトや抵抗の温度係数誤差が最終製品の性能にどれだけ影響するのかを確認しておきます。計算で最大誤差を求めておき、実験で検証することをお勧めします。また、200倍のゲインでは性能が満足できず、もっと性能が良い(高価な)部品を選択する必要がある場合に、100倍のゲインなら性能を満足(コストを含めて)出来るのであれば、1Vの出力電圧で設計してよいと思います。

抵抗(ゲイン調整用)

複数の抵抗を使用する場合、抵抗の許容差、温度係数、温度係数の誤差(バラツキ)が問題になります。電流が流れる回路で使用する抵抗では電源オンドリフトも検討しておきます。出来れば精密組抵抗を使用するとよいでしょう。組抵抗のメリットは同一チップで製造するため温度係数のトラッキングが優れていることです。温度係数の絶対値はある程度大きくても相対的な温度係数が小さいため、抵抗によるゲインドリフトを最小に出来ます。例えば5ppmの温度係数であっても0.5ppmのトラッキング性能があれば、相対的な温度係数誤差を最少に出来ることです。デメリットは価格が高くなりますので、抵抗値の組合せはメーカ標準品を使うとよいでしょう。抵抗の数が増えるほど誤差が増え性能が低下して行きますので極力減らすことを心がけます。
出力に限らず電圧調整用に可変抵抗(VR)を使うと便利ですが、要求する精度、性能に合わせて適切に選択してください。コストも上がりますし調整する工程も増えます。バラツキ調整や特性の最適化には便利で必要な場合があると思いますが、十分な検討が必要です。

A/Dコンバータ

24bitΣ-Δ型A/Dコンバータが使いやすく性能も十分でしょう。24bitのデータは出てきますが、条件にもよりますが実力は20~22bit程度と思って使用するとよいと思います。A/Dのリファレンスには市販の精密リファレンスICを使っても良いのですが、ひずみゲージ式の場合は、駆動する電圧をそのままA/Dのリファレンスに入力すれば印加電圧変動時の誤差を最小にできます。所謂レシオメトリックです。最近のA/Dは差動入力で働きます、データシートにはアナログ入力部に抵抗やコンデンサを挿入する例が書かれていたりしますが、入力に抵抗やコンデンサ等を挿入する場合は、直線性が悪化する場合も有りますので十分評価・検討しておきましょう。

高精度なOPアンプやA/Dコンバータは数多くあるので選択するのに迷いますが、目的の精度、性能を満足するのであれば自身で評価済みの使い慣れたICを使いまわすことをお勧めします。あるいは自社製品で過去に実績のあるICを使うとよいと思います。メーカの生産中止やコスト等の問題があるかもしれませんが、データシートだけを信じるのではなく少しオーバースペックになったとしても、実績で信頼性=安定度、安心感(?)のあるICを使うとよいでしょう。
しかし過去のものにこだわらず新しい試みは大いにして欲しいですね。技術者なら新しいICを使いたいのはよく解りますしトライすることは重要です。評価して成功と失敗を重ねなければ実績も積めません。それが自身の技術力、ノウハウにつながりますし、企業にとっても資産にもなります。
アナログ回路(A/D含め)はデータシートだけでは解らないことが多いものです、自分で常日頃から評価、選定を心がけておくとよいと思います。

A/Dコンバータを差動入力で使用し、1個の組抵抗を使用した回路例を載せておきます。低ドリフトのOPアンプを2個使用します。2個入OPアンプを使用しても性能が同じであれば構いません。データシート上は同じでも性能に差が出る場合もありますので、データシートだけでなく実物の評価試験を行うことも重要です。誤差を最小にするため部品点数を最少にすると、必要(重要)な部品にお金をかけられますし、故障率も下げられます。トータルでコストパフォーマンスを考えましょう。A/Dコンバータは大半が差動入力で使えますので、ブリッジ回路のように差動で信号検出するセンサの場合は有効です。

特定計量器にひずみゲージ式ロードセルを使用する場合、ロードセルの仕様と同じ例えば1/3000(OIML C3)のシングルレンジのみで使用する場合は、低ドリフトのOPアンプとそれなりの抵抗を使用すればそこそこの性能は出ると思います。最近は2レンジや3レンジの計量器がありますので、この場合は部品も回路も十分検討します。今回、印加電圧を5Vで設定しましたが1/3000のシングルレンジであれば5V以下でも性能は満足できると思います。市販のロードセルは1/6000(OIML C6)程度ですが分解能は10倍以上あり、温度特性も優れていますので最適な回路で設計できれば十分な性能が期待できます。計量器メーカのロードセルは自社製かカスタムで調達していますので市販品とは違いますが、市販品でOIML規格品であれば、規格の性能は満足していますので安心して使用できます。

TEDS仕様のロードセル

筆者は使用したことが無いのですが、TEDS(Transducer Electronic Data Sheet)仕様のロードセルが市販されています。TEDS(IEEE1451.4)の詳しい内容はWebで調べられますが、モデル名や製造番号、メーカ名やロードセル固有のパラメータ等、器物のデータがロードセル側に内蔵されたメモリに記憶されており、メンテナンス等の交換時に指示計からメモリデータを読み込み、無調整(かな?)で使用できる規格です。メモリは何でも良いようですが2線式のEEPROMがケーブル端末やコネクタ内に内蔵されているようです。
ケーブル本数が4本タイプは6本に増え、6本タイプは8本以上に増えて2本をメモリ通信に使用しています。従来品と互換性があるのでTEDSを使用しなくともそのまま従来品と置き換えできます。センサ側にパラメータをメモリして、標準化するのは良いことだと思いますが、落雷や静電気、EMC(EMS)等の対策が大変そうに思います。EEPROMの信頼性はあるでしょうがフィールドに単体で配置されるのは疑問が残ります。

著者は一般的なシリアル通信やI2CバスのEEPROMしか使ったことが無いのですが、信号線とGNDの2本で動くEEPROMを使用しているようです。センサ側に何らかの電源が必要でも、信号線だけで動作するメモリは、センサ部のモジュール設計に大変有用と思います。工業用途やセンサモジュール化に役立ててほしいと思いますし、メーカには品種の展開をお願いしたいですね。また、アナログ回路からCPUまで含めた回路を内蔵し、シリアル通信(RS485)で計量値を出力するデジタルロードセルも市販されています。ネットワークでシステムを組むアプリケーションには向いているかもしれません。ユーザやアプリケーションメーカはどのタイプを選択するか悩ましてところですが、選択肢が広がったとも言えます。技術者としてはどんな仕様でもで賢く使用したいものです。

いかがでしたか、今回はアナログ回路部の基本を解説しました。ロードセルを使った「製品」にするためには、もっと詳細な検討、実験、評価が必要ですが、机上で計算、検討したら先ず作っていろいろ評価することが重要です。繰返しになりますが失敗することが自身の技術力、ノウハウになりますし資産になります。冒頭でも書きましたが技術(者)のノウハウや「感覚」、「技」は本人しか解らない場合が多いものです。企業でよく言われる「技術伝承」はマニュアルやAIである程度伝わるかもしれませんが、受け取る本人が実感することが一番です。大いにチャレンジして、自身の「技」を磨き、そして後世に伝えて欲しいと思います。次回は規格等の解説を行いたいと思います。

 

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参考文献:
OIML R60:Metrological regulation for load cells
OIML R76-1:Non-automatic weighing instruments
Part 1: Metrological and technical requirements – Tests
JIS B 0155:工業プロセス計測制御用語及び定義
JIS B 7612-1:質量計用ロードセル-第1部:アナログロードセル
JIS B 7602:力計の校正方法及び力変換器の性能試験方法
JIS B 0192:はかり用語
JIS Z 8103:計測用語
「はかりハンドブック 第2版」:日刊工業新聞社発行
ロードセルメーカ、はかりメーカのWebサイト