こんにちは。
今回は「すばる望遠鏡の主鏡制御用音叉振動式力センサ」の第2回です。
前回はすばる望遠鏡の概要と主鏡制御用音叉振動式力センサの概要を説明しました。今回は主鏡制御用音叉振動式力センサの追加説明です。「音叉振動式力センサ」そのものは別テーマとして扱っていますので、そちらを参考にしてください。
すばる用音叉振動式力センサ
主鏡制御用音叉振動式力センサは、天びん用の力センサと違い、天びん等では別機構で組み立てられているロバーバル機構を一体加工しています。
音叉振動子に加わる力は、支点を挟んでてこ比6.8:1で一体加工されたてこ機構を介して≒220N:1500Nになります。音叉振動子単体の計測範囲は、性能を落とせば数千Nまで広げられる可能性はありますが、機械的強度等を考えれば、現実的に数十万分の一の性能を実現するためには、数百N程度が良いところでしょう。
音叉振動式力センサの特徴・メリットは、数Nから数千Nの力(荷重)を数十万分の一から数百万分の一の性能で計測できることです。
計測範囲を広げるには、てこ機構を一体加工したうえでさらに、外部に別体のてこ機構を追加する方法もあります。(N(ニュートン):1N≒0.1kgf、1kgf=9.80665N)
すばる用音叉センサ単体の外形は(w)98mmx(h)84mmx(d)7mm、センサーケースに組込んだ外形は(w)131mmx(h)140mmx(d)57mmになります。はかり用音叉センサに比べればかなり大型です。センサケース内には力センサを駆動(自励発振)し、周波数出力にするためのアナログ回路(基板)と温度センサが収納されています。無荷重時(0N)の振動数(=周波数)は約1.8kHz、1500N時の振動数は約2kHzです。力センサ用制御基板とはケーブルで接続され、デジタル化したデータとして能動支持機構の制御基板にシリアルで計測結果を出力しています。
音叉振動子を用いて精度よく計測するためには、音叉振動子単体で使用するのではなく、てこ機構を一体加工してさらに、ロバーバル機構も一体加工するか、別体のロバーバル機構と組合わせて使用します。
逆に言えば音叉振動子やてこ機構、ロバーバル機構を適切に設計すれば、高精度で高安定な力センサや力計測機構を実現できるようになります。
ロバーバル機構の役割は、加わる力の鉛直方向のみを正確に音叉振動子に伝えるものですが、1500Nの力を音叉一体加工のロバーバル機構だけでは支えきれないため、能動支持機構には鉛直に力を伝達するための、外部ロバーバル機構及び自在機構(ジンバル)が追加されています。
構造・構成
音叉センサとセンサーケースブロックとの取り付け方法は、図の左側固定部(ロバーバル固定部)が3本のキャップボルトでケースブロックに取付けられ(平面図なので手前から奥行き方向)、支点部の固定は上側から挟み込むように固定されています。平面図なので解りずらいのですが、センサーケースブロックの固定台の上に乗り、支点周りの音叉センサ固定部を上から押さえつけて取り付ける構造になっています。
センサーケースブロックの材料はFC250(鋳鉄)を使用しています。一般的な圧延鋼材(SS材)ではなく鋳鉄を使用している理由は、振動モレを少なくするためです。
能動支持機構(アクチュエータ)とは、可動部の軸取付部(図下側の丸穴)から連結棒(バインダー)を介して、外部ロバーバル機構部と締結します。
軸取付部とバインダーは、M8x4本の六角キャップボルトで固定され、センサーケースブロックは主鏡の加工穴(Φ150x150mm)に挿入される円筒のソケットに固定されています。
能動支持機構は力センサ、力伝達機構、ソケットを含み、力発生機構やバランスウェイトで構成されています。力伝達機構は、センサ部に力を正確に伝達するため、ロバーバル機構とジンバル機構で構成されています。
ジンバル機構は大変良くできた機構で、十字板バネを一体化したフレキシブルピボットと呼ばれる十字板バネ支点を、4ヶ所使用してジンバル機構を実現しています。フレキシブルピボットは、市販されている部品で米国製ですが、大変優れた十字板バネです。高価ではありますが、高精度を要求される支点の部品としては、小型でもあり利用する価値はあると思います。特に大型で大ひょう量の台はかり等に利用すると、高い性能を維持できるでしょう。
外部ロバーバル機構やジンバル機構はソケット内側に配置され、力センサを含めてソケット外形内に納まる寸法になっています。
力センサの開発
10kg程度のはかり用音叉センサしかなかった時に、1500N用力センサの開発がすんなりと進んだわけではありません。はかり用の音叉センサも一体加工されたてこ機構を持つ構造でしたが、音叉振動子は20N(2kg)程度の計測しかできませんでした。
・1500Nの計測範囲と小型化の課題:大型音叉振動子とロバーバル一体加工
・温度変化時の再現性対策:音叉センサ取付方法
・高速サンプリングと高分解能化:回路、ソフトの新開発
等を解析、試作、実験、評価の繰り返しで実現して行きます。実験・評価も既存装置や設備では対応出来ないため、実験・評価装置や治工具類もいちから設計し製作しました。
通常のはかり等に使用する音叉センサは、ロバーバル機構が一体加工されておらず、外付けでロバーバル機構を構成しています。詳細は省きますがはかり用としては一体加工する必要が無く、「はかり」として外部のロバーバル機構が必要になるためです。しかし1500Nの力センサとして小型化するためには、ロバーバル一体加工の構造が必要不可欠でした。
また、望遠鏡が設置される環境は-5℃以下から+15℃程度、国内で製作、評価される環境は+5℃程度から+35℃程度になり、すべての環境で性能を維持しなければなりません。この温度変化時の再現性の問題が最後まで残り、解決策も見えたのですが量産の直前に、さらに安定性を維持するため、音叉センサのセンサケースブロックへの取付方法を大幅に変更しました。そのため音叉センサ自身にも変更が発生し、評価試験をやり直すことにもなりました。
基本性能に関わる大変更で、開発納期も余裕が無かったため、解決策で進めるか、変更して新方式で進めるか、それなりにもめました。新方式でトラブルが発生したら後戻りできませんでしたが、結果的に新方式の取付方法に変更し完成しました。何によらず製品化の開発・設計工程が終盤に差し掛かり、同様な問題が発生すると、開発納期や技術的難易度で担当者や責任者は悩みます。納期は守らなければならないし、新方式でトラブルは行いのか?従来の延長のままで安心できるのか?どちらを選択しても正解とも言えるでしょう。実際に両方式の評価結果もバラツキの範囲内で満足のゆく性能でした。
しかし、読者が同様な場面に直面したなら、筆者は新しい選択を望みます、闇雲に選択するのではなく、トラブルは有るかもしれませんが変更するメリットを感じたなら、新しい取り組みを進めてほしいと思います。もちろんデータの積み重ねとロジカルな思考をもとに判断する必要はありますが、一歩進むだけではなくジャンプすることも必要です。
元々センサーケースブロックへの取付は、支点下側の固定部を側面(図の手前から奥へ)でねじ止めしていたのですが、ネジの締め付けトルクが不足して温度の再現性が悪くなり、ネジ径を太くすることで問題を解決できることがわかりました。しかし上下から挟み込みネジトルクに依存しない新しい取付方式(前述)によって、音叉センサの板厚方向のストレスが最小になり、安定度を向上させられると予想も出来ました。
新しい取付方法への変更は、評価もできていないためリスクもありましたが、より性能が向上する可能性があるなら、トライするのに値する変更と思われました。結果が良かったから後から言えることでもあるのですが。
音叉センサとバインダーとの取付もM8x2本のキャップボルトで締め付けています。それだけ1500Nの力を温度変化がある環境で精密に測定するためにはネジ1本のトルクまで温度変化を考慮しておくことが重要です。
今回はすばる望遠鏡の主鏡制御用音叉振動式力センサの解説を追加しました。金属疲労やクリープがなく、温度変化や経時変化が少ない特性は、音叉振動式力センサの最大の特徴で、前述しましたが10N(1kg)~3000N(300kg)の力(荷重)を、数十万分の一から数百万分の一の分解能で計測できる、最も実用的なセンサと言えるでしょう。
次回以降、外部ロバーバル機構、ジンバル機構等の力伝達機構を含めて解説して行きます。
ご意見、ご要望、ご質問、ご感想をお待ちしております。
技術的なアドバイス、コンサルティング及び技術開発、製品開発のお手伝いを行います。
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参考文献:
DVD: 未知への航海~すばる望遠鏡建設の記録~:国立天文台
NHK:プロジェクトX 挑戦者たち 宇宙ロマン すばる ~140億光年 世界一の望遠鏡~
Web関係:
すばる望遠鏡ホームページ:http://subarutelescope.org/j_index.html
すばる望遠鏡を支える最新技術:http://subarutelescope.org/Introduction/j_tech.html
ビデオ、書籍類一覧:https://subarutelescope.org/jp/library/
すばる望遠鏡~実現のかぎ:主鏡支持システムの開発~:https://www.jstage.jst.go.jp/article/bplus/5/3/5_3_232/_pdf
YouTube:https://youtu.be/kRs8uYgrd4A
すばる望遠鏡誕生:https://www.youtube.com/watch?v=zyecxOUUr-4
サイエンスチャンネル:「匠の息吹を伝える~“絶対”なき技術の伝承~(54)「すばる」を支える高精度な技術~音叉式センサの製造~
https://sciencechannel.jst.go.jp/D000502/detail/D020502054.html
書籍:
「すばる望遠鏡」:家正則著 岩波書店
世界最大の望遠鏡「すばる」:安藤裕康著 平凡社
発表資料:
「大型望遠鏡すばるに採用された高精度音叉式力センサ」 計測自動制御学会 計測部門大会
「音叉振動式力センサの特長とすばる望遠鏡への応用」 センシング技術応用研究会
新光電子株式会社ホームページ:https://www.vibra.co.jp/